東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)1号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがなく、第一及び第二引用例に記載された発明、本願第二発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点についても当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によれば、本願出願前において、アクリル酸化合物等の各種のカルボン酸原料と各種のアミン原料を反応させることにより生ずる中間生成物を触媒の存在下及び不存在下で加熱することにより各種のアクリルアミド化合物を製造することは知られていたが、従来の製造法では最終の生成物から純粋のアクリルアミド化合物を分離することが困難なタール状の反応混合物が生じ好収量のアクリルアミド化合物を得られないことがあつたので、本願第二発明の発明者は、従来法のかかる欠点を是正すべく、カルボン酸原料であるアクリル酸、メタクリル酸又はそのエステル化合物一モル、アミン原料である第三アミノアルキルアミン二モルを反応させて得られる中間生成物であるβ―アミノプロピオンアミド化合物を触媒の不存在下で熱分解することにより、アクリルアミド化合物であるN―(第三アミノアルキル)アクリルアミドを「高収率で製造し、そして比較的純粋な製品としてこれを容易に分離し得る方法」(九頁一一行ないし一六行)として、本願第二発明の構成を採択したものであることが認められる。
三 取消事由(1)について
前記二に認定したところによれば、本願第二発明の目的は高収率の目的化合物を得ることと副反応により副生物の量を少なくすることにあるということができるから、第一引用例記載の発明との対比において、本願第二発明が右の点において顕著な効果を奏し得たか否かについて検討する(因に、原告は本願第二発明の効果として、専ら反応による副生物の量について強調するが、本願明細書では前記のとおり収率の点も効果として記載されているので、この両者についての対比検討が必要である。)。
1 前掲甲第二号証によれば、本願明細書では、本願第二発明の目的化合物の収率が実施例3では八三・三パーセント同4では五四・五パーセント、同5では三〇・八パーセント、同6では七九・四パーセントで(その算出方法は別紙計算書のとおり)その数値にかなりのばらつきがみられ、これと成立に争いのない甲第三号証の一(第一引用例)により認められる第一引用例の実施例2、3による目的化合物(これが本願第二発明の目的化合物と同一であることは当事者間に争いがない。)の収率が七一パーセント、六九パーセントであるのと対比すれば、目的化合物の収率の点において、本願第二発明が第一引用例記載の発明に比し、顕著な差を有するものと認めることはできない。また、前掲甲第二号証によるも、本願明細書には、中間生成物の加熱分離の際の副生物の減少に関する具体的記載を認めることができない。
2 成立に争いのない甲第四、第六号証(エドワード・チユン・イト・ニエの宣誓供述書)によれば、エドワード・チユン・イト・ニエは本願出願後である一九八三年の実験において、本願第二発明及び第一引用例記載の発明のカルボン酸原料と同一であるメタクリル酸及びアミン原料と同一であるDMAPAを用いて、第一引用例記載の中間生成物であるP酸及び本願第二発明の中間生成物であるPアミドを生成させ(第一段階)、それぞれこれらの原料及び中間生成物を含む別表記載の供給原料欄記載の原料を本願第二発明の温度範囲である二〇〇度及び二三〇度で熱分解(第二段階)させたところ、別表記載の生成物組成欄記載の生成物を得た(H3H4はP酸を生成し、これを熱分解するもので第一引用例記載の発明の実施例に相当し、I3I4はPアミドを生成し、これを熱分解するもので本願第二発明の実施例に相当する。)ことが認められる。
そこで、別表により、右実験結果であるH3H4(第一引用例記載の発明)とI3I4(本願第二発明)を検討すると、先ず、H3H4では、第二段階である中間生成物の熱分解により得られる生成物中には原告も認めるようにP酸も残つているにもかかわらず、それを定量的に分析することなく、P酸を除いた生成物中の各成分を百分比を表示しているのであるから、かかる実験データによつては、原料から目的化合物や副生物がどの程度の割合で生成したのか正確に把握することはできない。
更に、H3H4では第二段階の反応に供する原料として、P酸のほかに合計約一九・七パーセントのメタクリル酸及びDMAPAを含んでいるが、これは第一段階の反応でP酸を製造するための原料であつて、第一段階における未反応物質である。他方、I3I4には第二段階の反応に供する原料として一七・四パーセントの目的化合物であるDMAPMAを含んでいる。このように、H3H4とI3I4の第二段階の反応に供する原料中に前者には第一段階の未反応物質が含まれ、後者には目的化合物が含まれており、かかる異なる原料を使用した実験の結果を対比すること自体相当と認めることはできない。
以上の点をさておいても、右実験結果であるH3H4(第一引用例記載の発明)とI3I4(本願第二発明)そのものを対比すると、両者の目的化合物の収率について被告主張2(一)<2>、2(二)<1>のとおりの数値が認められ、これによれば、本願第二発明が第一引用例記載の発明に比し、原告主張のガスクロマトグラフイー分析の点を考慮に入れたとしても、目的化合物の収率が高いとはいえない。そして、本願第二発明の目的に沿うよう目的化合物を高収率により得るような条件下で実験を行つた場合、果たして副生物がどの程度生ずるかはI3I4の実験結果からは不明といわざるを得ない(高収率の目的化合物を得るべく反応を盛んにすれば、副生物もそれに応じ多くなることも予想されるのである。)。
3 以上述べたところによれば、本願第二発明は、目的化合物の収率、副生物の量という点において、第一引用例記載の発明に比し顕著な効果を奏するものと認めることはできず、取消事由(1)は理由がない。
このほか、原告は前掲甲第四号証中のJにより第一引用例記載の発明の副生物であるメタクリル酸はDMAPMAから分離が困難である旨主張するが、この点を具体的に裏付ける証拠がないだけでなく、既に述べたように、本願第二発明が第一引用例記載の発明に比し顕著な効果を奏するものと認められない以上、右の点をあらためて検討する必要はない。
四 取消事由(2)について
取消事由(2)は、要するに、本願発明の効果の顕著性を前提として、その予測が困難であることを主張するものであるが、前記三に述べたように、本願第二発明の効果の顕著性が認められない以上、取消事由(2)はその前提を欠き失当である。
なお、取消事由(2)に関連し、原告は第一及び第二引用例に各記載の発明を組合わせる動機がない旨の主張もしているので、この点についても検討する。先ず、前記二に述べたように、アクリル酸化合物等の各種カルボン酸原料と各種アミン原料との反応により生じた各種中間生成物を加熱して各種アクリルアミド化合物を製造することは、従来技術として本願出願前広く知られていたところである。また、本願第二発明と第一引用例記載の発明における原料物質であるカルボン酸原料及びアミン原料、目的化合物が同一であり、第二引用例記載の発明で使用するカルボン酸原料も前記両発明で使用するカルボン酸原料と同じものを使用している(以上の事実は当事者間に争いがない。)。そして、第二引用例記載の発明においてカルボン酸原料一モルに対して二モル用いられるアミン原料であるジアルキルアミンと第一引用例記載の発明においてカルボン酸原料一モルに対して一モル用いられるアミン原料であるジアルキルアミノアルキルアミンとは、モノアミン(第二引用例記載の発明)がジアミン(第一引用例記載の発明)かという点において相違するとはいえ、両者はともにカルボン酸原料であるアクリル酸化合物と反応する>N―H基を末端に有する化合物であるという共通点を有するのであり、前記の従来技術として知られているアクリルアミド化合物において、カルボン酸原料と一対一ないし二対一のモル比で反応し中間生成物を経て目的化合物を得るうえで、特に著しく異なつた挙動を示すものと認むべき証拠はないし、第二引用例記載の目的化合物であるN、N―ジアルキルアクリルアミドも本願第二発明及び第一引用例記載の発明の目的化合物とは、その原料アミンの相違に基づく違いがあるとはいえ、アクリルアミド化合物である点で共通性を有する。
ところで成立に争いのない甲第三号証の二(第二引用例)によれば、第二引用例には、アクリルアミド化合物の製造に関し「我々は、N、N―ジアルキル―β―ジアルキルアミノプロピオンアミドが、加熱された場合にジアルキルアミンおよびN、N―ジアルキルアクリルアミドに容易に分解する顕著なグラデーシヨンを示すことを見い出した。<省略>」との記載があることが認められる(六二八一頁右欄一八ないし二二行)。右に記載された「容易に分解する」とは、中間生成物であるN、N―ジアルキル―β―ジアルキルアミノプロピオンアミド(本願第二発明における中間生成物とはβ―アミノプロピオンアミド化合物という点で共通点を有する。)の分解反応が支障なく進行し、ジアルキルアミンと目的化合物であるN、N―ジアルキルアクリルアミドを生成することを意味するものと解せられ、かように中間生成物から目的化合物が容易に得られるということは、右記載が目的化合物の収率が高く、不要な副反応も余り生起しない可能性もあり得るということを示唆するものということができる。そして、当業者がかかる記載に接すれば、従来法の欠点とされていた副反応による副生物の量を顕著に低くすることが可能かどうかを探るため事の成否は別として、カルボン酸原料とアミン原料のモル比を一対二とする第二引用例記載の方法を第一引用例記載の方法に転用することを着想すること自体さして困難はないものと認めて差支えない。そうであれば、第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明を組合せる動機がないとする原告の主張は理由がない。
五 以上述べたところによれば、原告主張の取消事由はすべて理由がなく、本願第二発明は第一及び第二引用例記載の発明から容易に想到することができたとする審決の判断に誤りはない。よつて、本訴請求を棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 一般式 <省略>
(式中、R1はHまたはメチルであり、nは2~6の整数であり、そしてR2およびR3は単独の場合にはC1~C4のアルキル基であり、R2およびR3が一緒になつた場合にはN´原子と結合して、モルホリン環、ピロリジン環およびピペリジン環の基からなる群から選ばれた複素環基を形成する)で表わされるN―(第三アミノアルキル)アクリルアミドの製法において、一般式
<省略>
(式中、R1、n、R2およびR3は前記の通りである)で表わされるβ―アミノプロピオンアミドを触媒の不在下に一八〇~三〇〇℃の温度まで加熱し、次に得られる製品N―(第三アミノアルキル)アクリルアミド化合物を分離することを特徴とする、N―(第三アミノアルキル)アクリルアミドの製法。
2 一般式 <省略>
(式中、R1はHまたはメチルであり、nは2~6の整数であり、そしてR2およびR3は単独の場合には1~4個の炭素原子を含む低級アルキル基であり、R2およびR3が一緒になつている場合にはN´原子と結合して、モルホリン環、ピロリジン環またはピペリジン環の基からなる群から選ばれた複素環基を形成する)で表わされるN―(第三アミノアルキル)アクリルアミド(目的化合物)の製法において、一般式
<省略>
(式中、nは2~6の整数であり、R2およびR3は単独の場合にはC1~C4のアルキル基であり、R2およびR3が一緒になつている場合にはN´原子に結合して、モルホリン環、ピロリジン環およびピペリジン環の基からなる群より選ばれた複素環基を形成する)で表わされる第三アミノアルキルアミン(アミン原料)少なくとも二モルを、一般式
<省略>
(式中、R1はHまたはメチルであり、ZはHまたはC1かC2のアルキル基である)で表わされるアクリル酸またはエステル化合物(カルボン酸原料)と混合して二〇~二〇〇℃の温度で反応させて一般式
<省略>
(式中R1、n、R2およびR3は前記の通りである)で表わされる対応するβ―アミノプロピオンアミド反応製品を生成させ、
次に前記の対応するβ―アミノプロピオンアミド反応製品を生じた反応混合物から分離し、次に前記のβ―アミノプロピオンアミド反応製品を触媒の不在下に一八〇~三〇〇℃の温度まで加熱し、次に生じた製品であるN―(第三アミノアルキル)アクリルアミド化合物(目的化合物)を分離することを特徴とするN―(第三アミノアルキル)アクリルアミドの製法(以下「本願第二発明」という。)。